2006年04月21日

米は麦より優れているか: アミノ酸スコアの陥穽

“アミノ酸スコア”は米蛋白質が小麦蛋白質より高い。このことから蛋白質摂取の面で米が小麦より優れているという主張をよく耳にする。これも日本型食生活キャンペーンの一つである。しかし、アミノ酸スコアというものがどんなものかを知ったうえで同じ主張をすることができるだろうか。

ある食品の蛋白質のアミノ酸スコアは以下のように計算する。
1) 当該蛋白質中で最も不足している必須アミノ酸が蛋白質全体に占める割合を A とする。
2) “良質の蛋白質”において 1) の必須アミノ酸が蛋白質全体に占める割合を B とする。
3) A/B × 100 がアミノ酸スコアとなる。

2) の「良質の蛋白質」を何にするかで異なってくるが,食品どうしの間の比較であれば,B の値は一定なので,A の値の比較がそのままアミノ酸スコアの比較になる。

五訂日本食品標準成分表の精白米、強力粉、薄力粉の蛋白質含量と最も不足している必須アミノ酸(第一制限アミノ酸)のリジン(米と麦で第一制限アミノ酸は同じくリジンである)の含量は以下の通りである。

100 g に含まれる蛋白質の量(左)とリジンの量(右)
精白米  7.4 g 0.225 g
強力粉 11.7 g 0.266 g
薄力粉  8.0 g 0.210 g

これから A の値を計算すれば、精白米、強力粉、薄力粉の順に 0.0304, 0.0227, 0.0263 であり,確かに精白米は強力粉よりもアミノ酸スコアが高いことになる。ところが,強力粉は同じ重さの精白米よりもリジンの含量は多い。それにもかかわらずアミノ酸スコアが低いのは蛋白質の量が多いからである。小麦の蛋白質グルテンに多量のグルタミンが含まれるためこのようなことになる。グルタミンの含量を減らせば,アミノ酸スコアは精白米以上になるのである。

アミノ酸スコアの意義は,その蛋白質だけで必須アミノ酸を充足しようとした場合,どれだけ少ない量で充足できるかという指標になることである。純粋な米蛋白質と純粋な小麦蛋白質を比較すると,米蛋白質の方が少ない量で必須アミノ酸を充足することができる。しかし,精白米と小麦粉として比較した場合は小麦粉の方が少ない重量で必須アミノ酸を充足することができる。この違いは押さえておくべきである。

現在の栄養学では,非必須アミノ酸が軽く扱われている。極端な話をすれば,蛋白質のアミノ酸スコアを大きくしようとすれば非必須アミノ酸を含まないようにすれば良いことになる。非必須アミノ酸を無くした分,蛋白質全体の量が少なくなるからである。このやうないびつな蛋白質が「良質蛋白質」となつてしまうところにアミノ酸スコアという概念の問題がある。非必須アミノ酸は体内で他のアミノ酸から作ることができるので,その所用量がわからない。しかし,身体にとつて理想的な摂取量というのが存在するはずである。今の栄養学はこの点の解明が不十分である。

小麦粉の場合,アミノ酸スコアの概念ではゴミのように扱われてしまう非必須アミノ酸であるグルタミンを多く含んでいるためにスコアを落としているのである。しかし果してグルタミンはゴミなのかどうか。現時点でそう決めつける研究結果は無い。逆にリンパ球の増殖やサイトカインの産生を促進して免疫系を賦活することが認められている。グルタミンを多く摂取することが身体にとって悪いという証明がなされて初めて,米が小麦より蛋白質摂取の面で優れた食物であると言うことができるのである。
 

Posted by silverfox at 23:02│Comments(13)TrackBack(0)科学

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http://ch12200.kitaguni.tv/t252240
この記事へのコメント
こんにちは、引用させて頂きました。TBがうまく行かないので、ここに入れておきます。

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C882254707/E20060422170326/index.html
Posted by ゲスト at 2006年04月22日 17:34
散人さん、引用と過分なお言葉ありがたうございます。
どうも世の中にはこの種の神話が多いですね。さういふのを少しづつ検証していきたいと思つてをります。
Posted by silverfox at 2006年04月22日 23:31
すみません。記憶違いでした。「大豆はメチオニンが不足しているが、リジンがある。米はリジンが不足しているが、メチオニンがある。両者が補ってちょうど良くなる。」でした。
このエントリーを読んで、食品成分表を見て、この「大豆はメチオニンが不足している」と言う話もおかしいことが良くわかりました。大豆の蛋白質の量が多いから、メチオニンについてアミノ酸スコアが低くなってしまったんですね。
Posted by ゲスト at 2006年04月28日 18:13
(Wilhelm さんの御希望により、Wilhelm さんの最初のコメントを削除致しました。それに伴ひ、私の返事も Wilhelm さんの二番目=上記のコメントに対応するものに致します。)

Wilhelm さん、どうも。
仰る通りです。小麦が事実に反して「リジンが足らない」と早合点されてしまつた如く、大豆もまた事実に反して「メチオニンが足らない」と思はれてしまつたのですね。加へて、含硫アミノ酸の所用量は昔考へられたほどではなくなつてゐます(半分ほど)ので、「米と大豆の相補」の説は残念ながら成り立ちません。話としては面白いのですが。
「米 小麦 含硫アミノ酸」でネットを検索してみたのですが、色々誤解をされてゐる方がをられますね。吃驚したのは「米に含硫アミノ酸が多く含まれてゐるが、小麦には含硫アミノ酸が十分含まれてゐないので、肉食などで、動物性蛋白質を補ふ必要がある。」といふ話が結構広まつてゐることです。一体どこからこんな話が出てくるのでせう。
上に書いたやうに、含硫アミノ酸の所用量は昔ほどの意味は無くなつてきてゐるのですが、一応比較してみませう。100 g 中の含硫アミノ酸は強力粉で 513 mg、精白米で 297 mg です。于嗟。
Posted by silverfox at 2006年04月28日 23:11
 初めまして.しろくまと申します.興味深く拝読させていただいております.アスパラガスのお話も面白うございましたが,アミノ酸スコアのお話を聞き,我が意を得たりの思いでございます.
 ただ少し違うのは,やはりアミノ酸スコア,すなわち蛋白質量で割ること,は,それなりの意味があるかと思うところです.例えば巷で喧伝されるコラーゲンなど,栄養としては酷いものですが,ちゃんとアミノ酸スコアが低い値になってくれますので,一般人に説明するときにわかってもらいやすいというメリットがあります.
 しかし,こんなことは大したメリットではなく,おっしゃるようにデメリットの方が大きいかも知れません.アミノ酸スコアが低いことがその食物の中のそのアミノ酸の含量が低いこととイコールだと思われてしまう,これは正しておかないといけないことです.やはり概念は正確に使ってこそと思います.
Posted by ゲスト at 2006年05月09日 13:24
しろくまさん、ようこそいらつしやいました。今後とも宜しくお願ひ申し上げます。
後ほどゆつくり返事を書きますので失礼いたします。
Posted by silverfox at 2006年05月10日 06:11
随分と「後ほど」になつてしまひました。

> イコールだと思われてしまう

さうです。「小麦を食べてゐるとリジンが欠乏すると云ふ誤解」なんですね。まあ、意図的に流す嘘ではなく、本当の誤解なんだらうと思ひますが。
もつとまともに米と小麦の栄養学的な優劣を議論するなら、本文の最後に書きましたグルタミン等のことを論じるべきでありませう。
Posted by silverfox at 2006年05月11日 21:45
しろくま


 ありがとうございます.こちらこそよろしくお願いします.
 アミノ酸スコアの誤解ですが,どうも学校で習う“桶”の図がその誤解を生んでいるようですね.Liebig が植物の成長を説明したときの“桶”は絶対量で表したもので,栄養素の成分比率(相対量)ではなかったのです.アミノ酸スコアは相対量になりますから,アミノ酸スコアをそのままこの図で表すのはミスリーディングです.silverfox 様のおっしゃる様に食品の単位重量あたりの成分量を計算して,それを板の長さにするべきでしょう.
Posted by ゲスト at 2006年05月12日 13:29
しろくま様、解説深謝です。
窒素平衡を見ることによつて各必須アミノ酸の所用量と全蛋白質の所用量を求め、前者を後者で割つたものを、アミノ酸スコア算出のための「理想的な蛋白質」の成分としてゐます。アミノ酸量を蛋白質量で割るのは「アミノ酸は蛋白質になつてこそ意味があり、エネルギーにするのは無駄である。」と云ふ考え方から来てゐるのですね。最近はアミノ酸も重要なエネルギー源であることが認められて来てゐます。
Posted by silverfox at 2006年05月13日 00:28
なるほど,だんだんわかってきた気がします.窒素平衡を見ている限りアミノ酸のエネルギーとしての側面は評価できませんね.
 ご指摘になっているグルタミンですが,たしかに昔は末梢から肝臓へ余った窒素を運ぶための“ごみ収集車”と考えられていましたが,今では免疫系細胞(これはご指摘になっていますが)や消化管粘膜細胞の重要なエネルギー源となっていることが認められています.それから,腎不全などの特殊な場合を除き,蛋白質を多めに摂取してもエネルギー総量の 50% 以下であれば問題はないという話です.歳をとっても蛋白質をしっかり食べたほうがいいと言う医者が増えています.グルタミンのことを考えると米より小麦のほうがいいかもしれませんね.
Posted by ゲスト at 2006年05月13日 10:08
> エネルギー源
最近では分岐鎖アミノ酸が筋肉のエネルギー源となってゐることがわかつたりして来てをりますね。どうやら「エネルギーは糖質と脂質」も神話だつたやうです。あちこち神話だらけですね。 これもエントリーのネタにしようかしら。

> 米より小麦のほうがいい
ううむ、これは返答が難しいですね。
まあ、何でせうか、戦後アメリカの指導で「米はパンより蛋白質が少なくて栄養的に劣る」と教へられて劣等感を抱いてゐた人々が、「米の蛋白質は小麦の蛋白質よりアミノ酸スコアが高い」と云ふ話に飛び付いたのでせうね。
私は訊かれたときには一応「米派」にも気を遣つて「なるほど米の蛋白質は小麦の蛋白質より 1.5 倍良質かもしれない。しかし、小麦は米より 1.5 倍蛋白質を多く含んでゐるから引き分けなんですよ。」と答へることにしてゐます。
Posted by silverfox at 2006年05月13日 22:32
マレーシア・クアラルンプールに行った時から、東南アジアの人は何故こんなに背が低いんだろうという疑問がありました。それまでは政府の推奨のままに「米には良質なアミノ酸が多い。小麦よりたんぱく質は少ないが肌をきれいにするアミノ酸がある」とか聞いていて米がオーストラリアでもたくさん食べられるようになっているということを見てきました。しかしオーストラリアの人たちは、その時に日本人より肌がきれいで驚かされた。しかもがっちりして背が高く、2000万人の国にしてはメダルを日本より多くとる運動能力にも優れている。
なぜか旅先で米と小麦について考える事が多くなりました。
米と小麦のアミノ酸をよく調べると、アミノ酸スコアってそういうことなんだなってわかりました。最近政府の言ってることが昔研究した成果で今や成分が違ってきてもそのままにしているものが多い事もわかり、政府厚生省の話は怪しいと思うようになってきたところです。
グルタミン酸とビタミンB群の違いカルシュームの違いは脳の活性化に大きく関係し、リジン、鉄、カルシュームの単位重量当たりの含有量からして、肉体的には小麦を食べている民族が大きくなる原因か?と思えてきました。
小麦の産地は石灰岩が多いところで発生しており、中国では石灰岩が多くて世界一の小麦消費国ということも中国人のバスケットチームなど日本よりはるかに背が高い人が多いのかもしれません。
アジアの南に行くほど、高蛋白の米を食べているのは単位重量当たりのリジンの摂取量を上げるためでもあるかも知れません。日本は過去40年くらいの間に低たんぱく米が上等の米になってきている。
これは肉などを食べるようになったせいでしょうが、昔のように高たんぱく米と味噌と小魚を主食としていたときに比べて、カルシューム不足、脂質の取りすぎ。しかも米を食べろと言われて食べる物の、味噌は食べなくなった。小魚もいりこなど高くて使わなくなった。しかも牛乳を飲めば米+肉を大きく補うのでしょうが、牛乳は飲まない。小魚を食べない。魚が高くなった以上、肉を食べるなら、ミルク製品、小麦のほうがダイエット時代にはアミノ酸ビタミンカルシューム摂取には適してきたというべき。
米も玄米で食べるならまだしも、おにぎりだけとかお茶漬けだけで済ます若い世代が脳の発展と活性を停滞させていると思われる。
Posted by ハッピー7 at 2010年02月07日 03:14
ハッピー7さん,ようこそお越しくださいました。

解説された通りだと思います。
「米のタンパク質が良質」というのは詭弁にすぎないことを世間の人々にわかってもらうためにはどうしたら良いかと思っております。ハッピー7さんのような方々に啓蒙(言葉は悪いですが)していただければ幸いです。

おっしゃるとおり,米のタンパク質は風味を損なう傾向があるらしく,減らす研究がなされているぐらいです。何か本末転倒のような気がします。

「良質」と言うなら穀物では大豆に勝る物はありません。ただ味噌となると塩分の取りすぎになるので,他の調理法を用いるのが良いですね。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by silverfox at 2010年02月09日 00:18